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夕刻、ちょろりと最寄り駅近くまで出掛けた。
家を出た時は、昼の内は酷かった雨は上がっていて、空も明るくて、傘の心配は要らないと思えたのに、用を済ませて店を出たら、再び雨が降っていた。
一時間と掛からない用だったのに、その僅かの間に再び降りやがった、と渋面拵えてみたけれど後の祭りで、でも、もう帰るだけだったから、ビニール傘を買うのも嫌で、コインパーキングまで、濡れるに任せてみた。
鬱陶しいなあ、濡れちゃうなあ、鞄痛まないかなあ、なんて思いつつ。

未だランドセルを背負っていた頃も、その頃よりは多少長じて後も、突然の雨に濡れるのは嫌いじゃなかった。
傘を持っていても、敢えて差さず、閉じたままの傘をぶん回しながら(←危険なので良い子は真似しない)帰るのが楽しかった。
そういうことは、今でも嫌いではないし、土砂降りの雨の中、傘も持たずに飛び出てみるのも又一興、とは思うのだけれども。
何時の頃からか、子供の時には気にも留めなかったこと──何が濡れたら(具体例:携帯電話系)後が大変、とか、この服が、若しくはこの鞄が、この靴が、ぐっちゃりになったら目も当てられない、とか、誠に世知辛くてせせこましいことを思うようになってしまって、雨の中飛び出すなら飛び出すで、そういう意味での準備が出来てないとなー、とか何とか思うようにもなってしまって、まーー、つまらない、つまらない。
後先考えるのが大人の証明なのだとしても、あー、つまらん。
己の思考がつまらないったらありゃしない。
例えば、おパンツまで濡れるくらいの豪雨の中、転げ回って遊ぶあの楽しさは、未だに魅力的なんだけど、理性でなく世知辛さに歯止め掛けられて躊躇っちゃう大人な自分を、一寸、ぶん殴ってみたいわ。
子供と言われようが、年甲斐もなくと言われようが、勢いに任せて馬鹿やるのは、ホント、楽しいのに。

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