かつて、この国のあちらこちらに、所謂『赤線』と呼ばれた場所があった。
現在では、赤線、と言っても、或る一定以上の年齢に達された方か、さもなければ、この手のことに興味をお持ちの方にしか通じない死語になってしまっただろうので、ちと、解説すると。
──太平洋戦争が終わるまで、日本には、公娼制度というのがあった。
売春婦の営業を国が公に認めるよ、という奴。
要するに、時代劇に出てくる吉原みたいな所があったと思いねぇ。
で、先の戦争が終わり、乗り込んできた進駐軍が、「公娼は駄目、絶対」と、その制度を撤廃したのだけれども、戦後の混乱期を何とか乗り切る為には、公娼制度があった方がいいんでないかい? という話になり、進駐軍の許可を取った当時の日本政府が、その手の商売をしてもいい地区ですよー、と定めた場所を、俗に赤線と言う。
あくまでも俗説で、それで確定って訳じゃないみたいだけれども、赤線という名の由来は、公に娼婦の営業が認められた地区を、地図に赤い線で囲って示したから、と言われてる。
尚、公の許可を取っていない売春婦さん達は、私娼と言って、そういう不法営業してる人達が固まってた地区は、青線と言う。
呼び方の由来は一緒。その手の地区を、地図に青い線で囲って示したから。と、やはり言われてる。
────割に昔から、そういう、言ってしまえば如何わしい場所の写真集や絵を眺めたり、資料を読んだりするのが、ワタクシは好き。
確か、昭和三十三年だったかに、売春防止法が適用されて赤線は消え去ってしまい、今では、赤線? 何それ? な世界の話だけれども、昔々、色街、花街と呼ばれた、悪く言ってしまえば上っ面だけは綺麗で華やかで煌びやかだった町々が、やはり悪く言ってしまえば、どうにも安っぽい化粧を否応無し剥ぎ取られてしまったに似た姿を晒しているのを見ると、この上ない哀愁を感じて、くぅぅぅぅ! ……ってなるから。
ぶっちゃけた話、あのどん詰まり感が堪らない。
何も彼も、人生すらもどん詰まり、な感じが。
と、同時に、置き去られた、されど置き去れない、歴史でもあるから好き。
かつての色街、そして花街は、この国の過ぎる程明確な歴史の一つだと思う。
或る意味で、激しく愛しい。
大抵の場合は、という奴だけれども、明治維新以前は遊郭だったり岡場所だったりした、東京タワーが出来るまでは赤線だった辺りは、今でも風俗街だったり歓楽街だったりする場合が多いみたいで、でも、良くも悪くも綺麗なものばかりが表立つ現在では、昔ながらの風俗街も歓楽街も、風前の灯のような感がある。
……それはそれで、寂しいと思うのだけれども。
何故って、綺麗なものばかりが表立ったら、人生や世の中のどぶ臭さが消えてしまうじゃない。少なくとも、人々の目からは。
それは、つまらないし正しくないと思うの。
──という訳で。
先日買ってしまった、かつての赤線の今をレポートしている本を、もふっと読んでいるワタクシ。
…………うん、又、悪の秘密結社・あまぞーんの誘惑に負けた、というのを、少しばかり高尚っぽく(多分)書いて誤魔化してみた、というのが、今日の日記(笑)。
隙間を縫うように
8:04
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