三日、新春恒例の刀剣展を目当てに、靖国神社に参拝してきた。
大体、正月の三日頃に赴くと、日本刀を持たせて貰えるイベントに当たるのだけど、今回はやってなかった。
甲冑を纏えるよイベントはやってたけども。
ワタクシは、個人的には甲冑よりも日本刀、なタイプなので、お目当てが外れてしまって、未だに一寸しょぼん。
あ、でも、獅子舞のお獅子に頭齧って貰ったので、そこは満足だ。
お獅子に頭齧られると、一年、無病息災で過ごせる(という言い伝えがある)からねん。
んで。
四日は、友人と、日光へ日帰りのプチ旅をしてきた。
日光はお初。行ったことなかったの。
なので、世界遺産を廻る人向けの、一日バス乗り放題券を買って、東照宮等々をお詣りしてきた。
やはり個人的に、ワタクシは、見ざる・言わざる・聞かざるの三猿よりも、眠り猫ー! な口なので、一緒した友人に「猫! 左甚五郎の眠り猫を見る!」と駄々捏ねて、お猫見学達成。
故に、至極満足。
東照宮の眠り猫、昔は、随分とシュッとした顔立ちの、良く言えば凛々しい、悪く言えば鋭い顔立ちの猫だよなあ、なんてテレビなんかで見掛ける度に思っていたけれど、歳と共に、「うん、猫。猫だよな。リアル猫だな」と思うようになってきて、我が目で眺めた感想も、「……ああ、猫(←良い意味で)」だった。
……何で、あんな彫刻が彫れるんだろうね。
素晴らしい、とか、見事、とかしか言えないし、思わず撫でたくなる。
実際に撫でた日にゃ、ぶっ飛ばされるだけじゃ済まないだろうけど(笑)。
──東照宮の眠り猫は、左甚五郎の作「と言われている」、ってのが実際の処らしく、左甚五郎という方も、実像は能く判らなくて、左甚五郎は一人ではない、ってのが通説みたいけど、何はともあれ、凄い作品だし、凄い方だなー、と思う。
……ああ、そう言えば、眠り猫は、左甚五郎が偶然目にした化け猫(?)を彫った、って説もあるんだったっけ?
それにしても、日光東照宮は、本当に色鮮やかと言うか、日本の神社仏閣の中では、ずば抜けてと言っても良いんだろうくらい使われている色数も多いし、縁起だったり吉祥だったりに関わる彫刻や調度その他も溢れていて、誠に素直に、素晴らしいなあ、と思う反面、執念を感じた。
実際にこの世を生きていた者を、確固たる神とする為の執念、みたいな。
あれは、威信でなく執念だ。多分。
東照宮参拝して執念感じるって、我ながらどうよ、と思わなくもないけど、感じちゃったものは仕方ないし、そういう意味では、一寸怖い所だなあ、と思わなくもないかな。
何処までも見事だけど。
隙間を縫うように
2:08
ラベル: 日々のこと
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